1995.5.12
社団法人「企業研究会」はその創立45周年を記念して掲題の報告書をまとめた。その内容はいろいろな意味で興味深い。まず報告書は「我々の思考方法は制度に影響される。制度を作ったのは我々なのであるが、そのうちに我々のほうが我々が作った制度によって規定されてしまう」と訴える。この言葉は含蓄が深い。
我々を縛っている制度とは何かというと、経済がいつも必ず成長を続けるという「右肩上がりの成長を前提として出来た企業システムである」という。分かりやすく言い換えれば、今までの企業経営はいわば何でも間でも間口を広げておくと儲かった。株式投資でいえば、全銘柄を総当たりで買っておく「ダウ平均買い」に似ていたといえる。経済成長に応じて時価総額が上昇するかぎり必ず利益が出たわけである。
しかし今後のビジネスにおいては経済の右肩上がりは「もはや期待できない」とする。それは投資の世界でいえば株式投資の「ダウ平均総買い」の世界から、儲ける人がいると必ず損する人もいるという「商品取引」の世界へのコペルニクス的な転換が進んでいるともいえる。
この大きな変化の中で従来型の企業経営には多々問題点があるという。「事業部制の限界」「組織の硬直化」「利益代表化する役員」など、報告書は多くの問題点を指摘する。「ヘッド・クオーターの指導力、大胆な戦略的意志決定が今までになく求められている」と結論づける。
「現場からある程度の自立性を保って(現場情報だけに頼らず)国際的な視野で戦略的指向の出来るプロフェッショナルな組織が必要だ」とか、また「変化のスピードがますます速まっている現在、総花的な資源配分では何一つ結実しない」とか、戦略的な資源配分を実現しうる「リーダーシップ」を持った本社機能の必要性を報告書は訴えるのである。
この問題意識は正しく、解決の方向性もまさにその通りだと思う。問題はその方向で世の中が動くとして、我々は具体的には何をなすべきか、また自分の守備範囲である調査部の業務に於いて何をなすべきか、何が出来るかであると思う。
例えば本社の「リーダーシップ」という言葉が出ている。仮に当社の司令塔である業務・企画グループがもっと強力なリーダーシップを発揮するとして、そのためには何が必要になってくるのかという点が議論されなければならない。ひとつの参考として面白い話がある。戦後の日本政治の歴史に於いて四元義隆という人物が歴代首相の後継者人事に隠然たる影響力を発揮してきたといわれているが、その四元義隆によれば一国の首相の要件とは三つあるという。一つは「生まれつき人に好かれること」、二つに「責任をとりきること」、三つ目は「先が見えること」とのことである。調査部はこの最後の「先が見えること」という要件の整備に微力ながら貢献したいと思う。
即ち次の二点に注力したい。
1)先を見るための材料の加工、分析
・国際情勢、経済情勢、景気、産業動向など総合商社の経営にとって重要な情勢判断、またそのための材料の加工に一層の努力をしたい。情報量が極端に増えている現代社会であればこそ、情報の分析作業の重要性が増加している。
・その情報分析に当たっては、文献情報の分析をまず出発点とする。総合商社にあっては現場感覚に溢れた情報は実に豊富に存在する。そういう状況にあるからこそ地道な文献情報の分析の存在意義が出てくる。公開されている文献情報だけで国家的機密情報を抽出し、後世の歴史家から「歴史を変えたスパイ」とまで評価されるゾルゲの情報分析方法を見るまでもなく、地道な文献情報の分析だけで相当のことが分かるのである。もちろんこれは現場情報を否定するものではない。経営者が現場から上がってくる現場ベースの情報と調査部から上がってくる文献ベースの情報を両方を受け取ることで「総合的な」判断が可能になるのである(複眼的指向)。
・専門家・プロフェッショナルの切り口を最大限に活用する。例えばエコノミスト、経済分析アナリストの素養のない人間には(幾らローカル情報には詳しくとも)各国のマクロ経済の統計数字の意味が必ずしも完全には理解できないはずである。調査部スタッフのマクロ経済分析-といういわば普遍性のある技術(ノウハウ)をフルに活用して、仮にその当該国に土地勘が無くとも各国経済の分析と意味のある提言が可能となるのである。
2)情勢分析と当社の経営ニーズの連結
・いくらマクロ的な分析、情勢判断が出来てもそれが当社の経営にどういう意味を持つのか、ということが曖昧であれば単なるマスターベーションに終わる。情報分析は常に具体的な企業アクションに結びついてはじめて意味を持つ。だからどうするのかとの「政策提言能力」が望まれる。